奈美子の場合

高校生の頃、僕は一人暮らしだった。けれど、あまり一人で家に居た記憶はない。家にはよく奈美子が居た。彼女がどうして僕の家に居続けるのか分からなかったけれど、彼女はいつも料理をしていた。2人分だったり、僕だけの分を作っていた。 彼女の青写真はそ…

テレパシー

『幸恵が引っ越すから家が無くなる。仕事もちょうど無くなったし、暇だからカナダに行くよ、って貴方が私に話したのは夢だよね?妙にリアルで。LINEの履歴とか見ちゃったよ』 「それ、ほぼ当たりだね。彼女に恋人が出来たから、僕は家を出る事にしたんだ。宿…

貴子の場合

「大切な人を囲う必要があると思うんです」 彼女はビールグラスをカウンターテーブルの端へ退かし、両の手で大切な者達を示した。 「つまりですね、ここからここまでが関わり合いを続けていたい範囲だとします」 シュッ、シュッ。テーブルへと振り落とされる…

スピノザと焼肉

僕はそんなに頭が良い人間では無いから、難しい話は好みじゃない。先日、女性に「お家にビジネス書とか有ります?お薦めのものとか」と聞かれて、読んだ事が無いと答えた。 ビジネス書を読むし、音楽評論も眺めながら、哲学書を漁る向上心の申し子みたいな友…

FIN

午前6時の渋谷は静かなもので、疲れきった亡霊のようなものがちらほら見える。 おかしいくらいに空が青い。 青い空気が僕を散歩に誘っている気がした。 渋谷から吉祥寺まで歩くことにする。 2時間くらいの距離だ。 井の頭線沿いで進むと時間が掛かるので、…