LobLoy’s diary

現実日記・妄想日記・夢日記

スピンオフ・ラブ

「初恋があるのだから、最後の恋というのもあるのだろうか?」

という疑問がこの歳になっても浮かぶ大人のクセにおセンチで子供染みた僕の様な人間が語るのもやや可笑しな話だろうけど、現行の家族についてのあれやこれやへの久々の遭遇であったり、数少ない私事の恋愛経験の思い出を掘り起こしたりしていると思った。

最後だと何と読むのか。
そもそも初めては有っても、最後は無し?終恋?シュウレン?オワリコイ?シマイコイ?

そもそも、シュウレンだとハツコイに対して、音読みと訓読みで違った意味合いやら比喩が見える気がする?まぁ意味合いは置いといて、その言葉の使用に僕は少なからず抵抗がある。

例えば、まだ恋する要素があるということを除きたくないだろうから最後のとか考えない方が良いんじゃないのか?とか、最後の恋が終わったのに、また恋を始めたら、それは恋の擬似体験やオマケみたいなものでドラマのスピンオフと変わらない?とか。
または、最後の恋とかもう管理できちゃってる世界とか最悪だと思う。

「あ、この前のが最後の恋だったらしいんだ。役場で住所登録する時に一緒に調べたんだけど積立てた恋愛力の貯蓄がゼロらしい。僕の恋は、もう機会の残数無いってさ。これじゃ戸籍汚せないなぁ、あははっ」

とか他人に把握されても笑えない。
しかし、スピンオフにも関わらず本編よりも凄まじい愛を交わそうという強い志が渦中の2人を後押しして、人生において最も幸福な時間を得るという可能性もあるわけで、ピカソ曰く

「言うまでもなく芸術は真理ではない。芸術は嘘である。だが、その嘘は私達に真理を悟らせてくれる。」

という言葉をそのまんまココで引用したくなり、あたかもその抜粋のみで事足り得る気がするこの最後の恋に対する僕の疑念はどうでも良くなるわけだ。

真実であり幸せなら申し分ないし、時には嘘であっても幸せであればかまわない。

でも最初も最後もなかったり、本当はずっと変わらないそれがあったら素敵じゃないかって思う。ただ、それを目の当たりにしていない僕が偉そうには言えないのだけど。

だから、とりあえず今は胸に閉まっておくよ。今はね。


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