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LobLoy’s diary

現実日記・妄想日記・夢日記

大人迷子

僕は実年齢より若く見られる事が多い。時々、学生かと訊ねられる。もう30歳真近なのに。聖誕を前に大人とは何だろうかと物思いに耽っている最中だ。

先日、友人と話していた時に言われた。

「あなたの頭はしっかりしているけれど、あなたはしっかりしていない」

魂や精神の話なのか問うと「そうだ」と言われた。でも、若さとは違う。彼女曰く「若いと幼いは違う」らしい。
僕の場合は幼いの部類だ。

僕はバックパッカーで、一ヶ月間イタリアへ行った。前の仕事を辞めた時の事だ。

「その行動に何の意味があるのか」と当時の恋人に問われた。外国に一ヶ月間行ったところで、どうなるのかと。

「全く計画はないけれど、ノルウェーまで着ければ、オーロラが見れるかもしれない。お金が足りなかったら、世界文化遺産の40%を眺めて、帰って来るよ」と話した。

彼女はその後も、それが何の利益や得になるのか、僕に問い続けた。

「利益になることだけして、生きているわけじゃないだろう。せっかく地球に生まれたんだから、地球の此処と向こうが、全く同じものか知りたいんだよ。僕は向こうに足跡をつけたいだけだ。もし行かないで、一週間後に死んだら、足跡も残らない。何か得るモノがあったら、それはそれで嬉しいけど、考えていないよ」と話した。

彼女は、もうそれ以上、僕には何も話さなかった。

僕は自分の言い分が、正しかったなんて思わない。ただ、その時の僕が示した理由は、向上心や大袈裟な価値観の変遷を、僕自身にあまり求めていなかった。今となっては、過去を振り返り、僕自身の言葉から魂の幼さを自分で再確認させられているわけだ。

僕の夢は、その時に見れなかったオーロラを見る事なのだけど、相変わらず子供染みた魂は揺るがないなと少し呆れる。
時間が経つにつれ、夢や愛もどんどん変化していることに気付いている。夢や愛とか欲しい物について考えたり、地球や自分の存在やら時間について考える。でも本当は考えたって、分からないのを分かっている。それらの答えや理論には、モデルが絶対に必要となる。それでも僕の様に論理的になれず、無闇に飛び込んで、何か見つかるかもしれないと考えてしまうのが、きっと幼さだ。それは、気付いているくせに、寄り道を繰り返してる迷子のようなもので、もっと……なんて、うだうだと考えているから僕は子供なんですかね。しっかりしていない僕が、書き始めたって先はどんどん見えなくなる。僕は、大人迷子だな。

「ファッション雑誌とか読んでるか」

と友人に聞かれた。読んでないけど、どうしてかと友人に訊ねた。

「ファッション雑誌やどうでもいい週刊誌を読む人間の方が、よっぽど俺達より大人なんだって、気付いたからだ。だから、哲学書やら何かの文献を読むのは、もうお終いだ」

数年前、大人迷子は、何となく彼の言いたい事が分かった気がした。でも返事はしなかった。そして、今でもファッション雑誌や週刊誌は読んでいない。


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