LobLoy’s diary

現実日記・妄想日記・夢日記

青い車の所為なんだ

 K空港に到着した時、僕の迎えは一人もいなかった。僕がその日、島へ来る事を知ってる者は多くない。多くはないが伝えてはあった。
  先日、Oへ手紙を送ったが、その後に返事は無かった。その手紙にはジャクソン・ブラウン青い車が描いてある。青い車について連絡が無かったから、迎えはないかと薄々感じていた。空港の外にも僕を待つ青い車は見あたらなかった。
  緑で塗装されたK空港は、そのダイヤモンド型の敷地を薄くて、今にも溶けそうな真っ白な道と白いフェンスに囲われていた。空から眺めると大きな瞳にも見えた。そのフェンスの左手から小さな涙の様に外へ抜け出す事にした。小柄なボストンバッグが先に宙を舞い、外の緑に触れた。僕の身体もそれに続いた。
  しばらく歩いて誰かの家へと向かうことにした。その合間に見慣れない建物の多くと、いつまでも変わらない背の高いサトウキビ畑の緑が僕の眼に映った。もしサトウキビでなければ化物の様なトウモロコシか、花弁の無い向日葵だったのだろうけれど、それについてはわからない。
  僕が伝えておきたいのはその道の上に居た女だ。(彼女の名前はS。その時はまだ知らない)
  奇妙な女性だった。青いオーバーオールに臙脂色のネルシャツを着た女の煩雑なボブヘアの先端が道路に落ちていた。それが初めて見た彼女の姿だった。彼女まで20m程の距離で陽炎と仲良くしているボブヘアが見えた。さらに10歩進むと彼女は跪き祈る格好で、道路にキスをしている様に見えた。目前まで近づくと顔は道から数cm程離れているのがわかった。その彼女の目線が道路の一点を見つめている。正面にいた僕には彼女の興味は動かなかった。彼女の目線の先には小さなカブト虫が居た。カブト虫は全く動かないので生きているのかどうかもわからない。彼女は祈る様な姿勢で、ずっとカブト虫を眺めていた。彼女がオーバーオールのポケットから白いチョークを取り出し、どっちかわからないカブト虫を円で囲った。彼女はその後もしばらくそのカブト虫を祈る様な格好で眺めていた。
  「それが気になるの?」と訊いたが、声は彼女に届かなかった。僕は彼女が右利きで、熱された道路にいつまでも触れていられる強気な白い肌を知る。その時、彼女についていくつか知ろうとしても仕方がないだろうと思った。彼女は僕について何も知ろうとはしないのだから。
  それから、ほんの少し彼女を眺めていた。理由はわからなかったけれど、不思議と彼女に僕を気付かせたくなった。僕の声は彼女に届かないから、僕は自分の影にその仕事を委ねた。
  彼女の正面から右手へ身体をずらした。影が彼女とカブト虫に触れられるように。
  僕は左足をそっと浮かせ、足首をゆっくり動かした。彼女とカブト虫の位置を丁寧に確認して、プロペラ機を想像しながら揺ら揺らと宙で左足を動かした。彼女の眼がカブト虫を見つめているのをもう一度確認し、一気に左足を振り下ろす。暗い音が地面を伝い、僕の影の左足が白い円とそれに囲われたカブト虫を黒く染めた。
彼女は初めて僕を見た。その眼には驚きと適度な憎しみが混ざっていた。
  「迎えの車がこなかったからなんだ」と僕が言うと、彼女は不思議そうな顔をした。
  カブト虫が僕の影に踏まれたのも、道にキスしようとしている様に見えた女に出会ったのも、そういうことだった。始まりに彼女が僕に適度な憎しみを抱いたのもそうだ。ジャクソン・ブラウン青い車が来なかった所為だった。








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