小高君の場合

1
『グルゥ……俺はお前らが憎い。お前らの所為で俺はこうして沢山の人間を殺したんだ。今さらどうもできやしないのさ』
 
ドラゴンは僕にそう言った。大きな翼を持ち黒々とした硬い皮膚に覆われたドラゴン。瞳は真っ赤な色をしている。その眼は泣いている様にも見えた。
 
「君がそうしたければやり直すことは出来るはずだ。救ってあげるよ。君の身体は闇に飲まれているんだ。だから一度解放しなきゃいけない。必ず僕が救ってあげるから」
 
僕は錬金術士に剣を生成する様命令する。彼は袋を漁り金塊を手にして口に入れる。小さな身体から黄金の剣が次々に創られていく。黄金の剣は200本にもなった。
 
「今日はトパーズの剣じゃないんだね」
 
「トパーズは切れておりまして……黄金もまた最強の剣でございます。マスター」
 
僕は呪文を唱え、全ての剣を宙に浮かせる。とっておきの魔法だ。全ての刃先をドラゴンへと向ける。
 
『く、苦しい!!殺してやる!!』
 
「本当の優しかった君に戻るんだ」
 
 
……小学生の頃、小高君と僕で創った世界の出来事だ。それは言葉だけの世界だった。費やす時間は登下校中の30分程度だったが、僕と小高君にとっては大切な時間だった。30分間で僕らは色々な場所に居て、時には宇宙にも出かける。喋るドラゴンと闘うのが僕の仕事だった。魔法は四六時中使い放題で、錬金術によって鉱物で剣や宇宙船を創り、鉱物で命さえも創り出した。小学校から家へと向かう30分の間に僕らの世界は数日が過ぎ、時には数年が経過した。
 
僕らは用事がなければいつも2人で下校した。帰り道の30分を使いながら、2人で物語を創った。まだ月曜日から土曜日まで学校に通っている時代だ。ただの仲良しだって話でもない。当時は僕らが一緒に帰っていることなんて誰も知らなかった。僕と小高君が校内で話をする事は決してなかったから、僕らが友達である事は誰も知らなかった。校内で挨拶すらしない。同じ教室に居ながらも目が合うということもない。その徹底された態度は小高君が貫いたもので、僕はあまり気に留めなかったし理由も訊かなかった。時々は教室で話をしようと試みた。そんな時、彼は開けっ放しの窓で揺れるカーテンの様に僕を扱った。
 
2
小高君の事を覚えている人は多くない。彼は友達を全く作らなかった。いつも本を読んでいるか、ただ自分の席に座っているだけだった。本当は夢の世界を語らせたら誰よりも雄弁なのに、教室では無口な男の子でしかなかった。
 
物語の始まりは覚えていない。帰り道が同じで、いつの間にか物語を語り合う様になっていた。錬金術なんて言葉を使う友人は彼だけだった。オニキスやエメラルドで剣を創り、鉱物のドラゴンを従えて魔法で闘う物語は僕にとっては夢の様な世界だった。
 
彼は物語をいつも1人で考え、声色を変えながら何役も1人でこなした。訪れた星や島の外観を説明するナレーターになり、僕以外の登場人物は全て彼が担当した。ドラゴンの唸り声や話し方はキャラクター毎に違っていて、それを使い分けていた彼には今更ながら驚嘆している。
 
彼は物語に多くのドラゴンを登場させた。
そして物語に深く入りこむ要素はドラゴン達が悪に染まった背景だ。ドラゴンには悪に染まる理由があった。人間同士の怨みが募って生まれた者、戦争や環境破壊、放射能で生まれたドラゴン、誰かに殺された人間がドラゴンになって復讐をしているとか、僕の心は揺さぶられた。ドラゴンは必ず一度は倒さなきゃいけないのがルール。彼等を倒し闇から解放することで、僕らはルビーやトパーズで彼等の心臓を創り直し生き返らせることができた。時々、彼は絶対に救えないドラゴンを創るので、僕はどっぷりと悲しみに暮れる日もあった。
 
3
僕らの物語は13歳で途切れてしまう。別の地区のマンションへ僕は引っ越した。中学生になった僕は小高君と会う機会も無くなる。僕は宇宙倶楽部に入部したけれど、友達がスラムダンクに影響され全国を目指そうと僕を誘う。渋々バスケ部へ入ると僕は真っ赤な穴にボールを入れる日々が訪れた。気が付く頃には小高君の姿は僕の目にも入らなくなってしまった。
 
そんな事を思い出しながら、喫茶店でテーブルのグラスを眺める。氷が溶けて水になり、コーヒーと水は2つの層に分かれていた。僕はアイスコーヒーに謝りながら飲み干す。そして1時間ほど居た喫茶店を後にして家へ帰る。ちょうど30分くらいだ。帰り道、僕は右手を空にかざして、トパーズの剣を創ってみる。
 
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