29/11/2018 ガーネットと常夜灯

 

「秋の四辺形から左に向かって進んでいきます。天の川の帯が二手に分かれているのがわかりますか?この辺りの白い靄をこれから一緒に見てみましょう。まずは220倍の望遠鏡で。」

「おお!すごい。プラネタリウムなんて必要ないですね」

「いつもこうではないんですよ。今日は本当に良い日なんです。月の光も無いから、天の川もハッキリと見えてます。」

「そうなんですか。僕の家から空を眺めても星が4つと電信塔の小さな灯くらいなんです。もし普段がこの半分でも、こんな空が続くなら素敵です。」

「あら!随分と都会からお越しになったんですね。今日は説明しがいがあります!ようこそおいでくださいました。」

「こちらこそ、ありがとうございます。勉強になります。僕は星と光線には疎いので。」

僕は天体観測をしている。

この小さな町には、何も無い。17時になると夜が訪れ、それと同時に1日の終わりが連れ添う。夕食を小さな宿で済ませたら、今日が終わってしまった事を認め、21時にはベッドの上に居る。

東京なら21時に何処かの扉を開け、夜の灯と戯れるのだけど、ここにそんな場所は無い。

この町の夜にあるのは、山の上にある天文台だけだ。季節によって変化する失われた星を探して、ただ空を見つめて、超高倍率の天体望遠鏡で星の終わりを楽しむ。みんな、この天文台に夜の余った時間を置きにくる。

「ん?あの星、赤いですね」

「え!すごいですね!肉眼で分かるんですね。そうなんですよ。あの星は赤く輝いています。その強い光から、ガーネットと呼ばれているんですよ」

僕が天体望遠鏡でガーネットという星を眺めたのは、天体観測を始めて1時間が過ぎた頃だ。その日、僕は数え切れない程の星や星雲を眺めた。ガーネットの前にも赤い光はいくつか見たけれど、あの赤い輝きだけは見飽きない。
その赤い灯は、何かを思い出させてくれる気がした。その理由は分からない。いつの頃の話か、どんな場所の記憶かも。誰かの事なのかもしれない。

しばらくの間、僕は望遠鏡に右目を当て続けた。冷たい空気を胸にしまい込む度に、解りかけそうな何かが消えてしまう。裸の左手は冷たくなって、感覚が無くなった。赤い灯は炎の様だ。燃える星を眺めていると、煙草が吸いたくなった。

しばらくガーネットを眺めてから、僕はいつも何処かに大切な時間を置いてきてしまったんじゃないかって考えていた。

色々な過去の想いが、何処かに忘れ去られたままになっている様な気がして、僕の左手が凍るのも忘れて脳みその奥で何かを探した。

ずっとそうだったのか、いつのまにそうなったのか、僕にも分からなかった。少し凍りかけた左を眺めながら、そういえばAは赤が好きだったな、と思った。彼女の好きな色とガーネットは、僕の中では何の繋がりも無いけれど、Aの顔しか浮かばなかった。

左手を温めなくちゃいけない。町に戻ろう。

天体観測所から町を見下ろすと赤い常夜灯の群れがいる。ガーネットと常夜灯の違いが何なのか、僕はきっとAに上手く説明が出来ない。でも宿に戻ったら、僕は彼女に電話をかけようと思った。こんな時に気付くことは、きっと大切なことだったりする。

 

 

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