知らないくらいで、ちょうどいい
「やっぱりさ、あなたは呑めない女じゃダメなの?」
綾香の眼がしっかりと座っているので、完全に酔っ払ったのが分かる。
「いや、僕は相手がお酒呑めなくても良いよ。でも、君は?男は自分と同じくらい呑めないと気が済まないんだろ?」
「ははっ、わたしはねー」
なんでいつも酔っ払うのに顔の色は変わらないし、滑舌も良いのかな?と綾香の顔を観察してみる。
「なに?」
「ちょっとそれはそれで損だよね」
「え?」と少し瞼が落ちそうな綾香は声を漏らす。
「いや、こっちの話」
でも、あと2杯くらいだ。これ以上お酒がすすむと僕はここから綾香を担いで、井の頭線のホームまで階段を登ることになる。
「なんで、呑めなくていいの?相手は飲まなかったら、自分は好き勝手呑めないかもよ?」
「良いよ、トマトジュースやオレンジジュースを隣で飲んでればさ。バーで呑んでいても僕より先に飽きるだろ。だから『もう帰ろう』と言われる。それで帰れば良いさ」
「わからないわね。いつもそんなに長いのに」
とっとっ、と小さな音がする。
「君はお酌が上手だよね」
「慣れてますから」
「僕はお銚子を最後に回さない子の方が愛らしいと思うけどね。知らないくらいで、ちょうどいい」