Lの話

 

 

最近、桜の木が脳みその手前にふわっと浮かぶ。でも、桜への強い想いは見当たらない。お花見をした事はあるし、散歩がてら桜の木を眺めた事はある。しかし、大して心に残っていないみたいで、僕の脳みそには桜の記憶をしまう空間がこれまで無かったんだな、と思う。不思議なものだ。

桜に関する記憶があまり無いから、その理由を考えていた。桜の花弁が散っていくのを想像して、桜の花弁が無くなって、ついでに僕の記憶からも桜が消えていくのを想像した。それが僕の好みなのかな、と思った。消えるものが好きなのかもしれない。

何度も咲いては散るのを眺めるくらいで、時にはそれすら忘れて。桜の木でも植えようかと思った。一本で十分だ。でも、最後は僕の方が先に消えちゃうと思うけど。

先日、Yが言っていた。「私は残らない物が好きなんだよ。音楽というのは、録音しなければ奏でても消えてしまう。誰にも残すものが無い。残らないから好きなんだ」

でも、Yは美味しい料理に興味が無い。料理だって、テーブルにある美味しそうなものが食べ終わると消えてしまうから、桜や音楽と僕は同じだと思うのに。

あ、でも「消えてしまうから好き」って、好きなものを分けられないね。消えちゃうものって多いな。そうすると猫も、蛙も、カモメも好きだね。渋谷にいるねずみも。フェンスに絡む蔦も。人もだ。もう全部だ。いつか消えてしまうから。太陽もそう。もう1回、Yに聞いてみよう。

 

 

 

 

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