Hの話

 

 

「ああ、やっと進んだんだな」と思った。けれど、Hには何も言わなかった。そして、僕はHを見送る。

誰だって幸せになって良いし、相手を幸せにしようとすることは悪い事じゃない。ただ、それが僕等の間では完成しなかった。悪い病気みたいなもので、どうしてもニヤついてしまう。

必要とされていれば、相応な距離にいる。その時々の用が済めば、または必要とする者が僕ではなくなったら、誰かの時間に居る僕は簡単に消えてしまう。不思議な事に、誰かの世界で僕の居座る時間が消えても虚しさは感じない。

相応な距離を図るのに、僕が不必要である事が分かると、この胸骨の周りは疼いて、晴々とした気分が顕れる。きっとそれは嬉しいという気持ちに似ている。

僕はHの顔を眺める。Hはどこを眺めているか分からないし、もしかしたら、頭の中で何かを観ているのかも知れない。明るい緑色の服に目を落として、また顔を見る。僕の中で高揚する何かを認める。でも、きっとそれは僕より先にHが感じているはずのもので、僕の浮ついた心は、その残り香の様なものだと思う。

海水浴場のシャワー室にある大きな振り子時計の短針が、そんなに早くない速度で動いていくのを思い浮かべる。車のハンドルを握りながら、1人になったら煙草に火をつけようと考えていた。こんな時は、晴れた日が多い。

 

 

 

 

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