奈美子の場合

高校生の頃、僕は一人暮らしだった。けれど、あまり一人で家に居た記憶はない。家にはよく奈美子が居た。彼女がどうして僕の家に居続けるのか分からなかったけれど、彼女はいつも料理をしていた。2人分だったり、僕だけの分を作っていた。

彼女の青写真はそこそこ優等な大学に進学して、将来は管理栄養士やら客室乗務員になり、裕福な男性と結婚すること。その理想はずっと変わらないと言っていた。彼女の目指すものや求めるものに僕が当てはまるものは無いし、彼女もそれはハッキリと分かっていた。どうして彼女が僕の家に来るのか、僕には分からなかった。

その頃、僕の家にはカメラがあった。時折、僕の家に来る友人や女の子を撮った。出来上がった写真は壁に貼る。誰もその壁から写真を外そうとする人は居なかった。その中には奈美子の写真もあった。ベッドの上に寝そべってこちらを見ている写真だった。彼女は学校で人気があった。男達は彼女の写真を見る度に、適度な怒りと嫉みを僕にぶつけた。僕と彼女の間には何もなかったのだけれど。

ある日の昼下がり、彼女とベッドの上で昼寝をしていた。目を覚ますと、化粧をした彼女が側に居た。奈美子は僕が目覚める前に、必ず化粧を終えていた。彼女の顔を眺め、一体いつ眠りにつくのだろうかと疑問に思った。でも、聞かない事にした。

「何?」と彼女が言うので、何でもないと答えた。何にも伝えたい事は無かった。

「そんなにじろじろ見て、キスでもしたいの?してあげようか」と奈美子は言って僕をからかった。

彼女は僕を子供扱いしていたし、からかう事が多かった。別に僕はキスがしたいわけでも、彼女を抱きたいわけでもなかった。ただ何となくキスをした。奈美子は声をあげて笑った。「そんなに面白いか?」と僕が聞いた後も「なんでもない」と言って、彼女は笑い続けた。

冬が明ける少し前、彼女が志望した大学へ進学する事を聞いた。「理想に近づいたね、大丈夫だと思ってた」と僕が言うと、「ありがとう。でも、あなたはもう少し大人になりなさいね」と彼女は言った。それっきり、僕らが会う事は無かった。


14年後、僕は飛行機の機内へ足を踏み入れた際、女性に呼び止められる。懐かしい声だった。背中から僕の名前を呼んだ女性を見ると客室乗務員の姿をした奈美子が居た。

彼女の顔を眺めた。目の前に居るのは僕の知っている大人びた女子高生じゃない。顔も声も変わらないけれど、そこには僕の知らない奈美子が立っていた。

「まぁ美人だけど、少し老けたな」と僕は言った。

「あなた全然変わらないわね」と言って、彼女は笑った。

時折、その時に彼女から渡された絵葉書を見直して、昔に比べたら僕も変わったけどな、と思ったりする。でも、僕の何が変わったかなんて上手に説明できないし、本当はあんまり変わっていないのかもしれない。僕は絵葉書を少し眺めてから、また壁に貼り直した。

 

f:id:LobLoy:20221126183314j:image