19/10/2019

 

 

2008年。学生時代からの恋人が冬の始まりに去った頃、僕はインジェクション車の後期型ローバーミニを買った。

荷物になる様な家財は全て捨て、200本程度のビデオ映画のほとんどは友人の手に渡ったのだけれど、アンジェイ・ワイダのビデオを数本、ポーキー・ピッグバックスバニーの古い作品は手元に残した。

何枚かのCDを車に詰め込み、最後に僕の体と服を乗せて、千葉県へ向かった。

僕は海沿いの田舎町で暮らし始めた。

1年半程の期間だったと思う。

其処は父が暮らす町だった。

「父が暮らす町」という言い方は変かもしれないけれど、僕ら親子はそれまで一緒に暮らしたことが無かった。

その田舎町は僕の故郷では無いし、友人は1人も居なかった。ただ、言葉通りの父が暮らす町だった。

その頃、僕の存在を初めて知った叔母が「一度、田舎へ越さないか」と、社会人になった僕へ話を寄越したのがその町へ来た理由だった。僕は父と暮らしたいわけじゃなかった。僕ら親子に何かしらの良い兆しが生まれて欲しいと願う叔母の心労を和らげる為だった。僕はその町へ越した。

家から海まで歩いて行ける港町で、随分と田舎らしい町だった。喫茶店を見かけないので「町の人々は珈琲を知らないんだよ」と言われても仕方ないくらいに。夜の街灯も静かなもので、真夜中にお酒が飲めるお店もほとんど無かった。

 

僕は休日の真昼間、山の中で過ごす事が多かった。細い砂利道を車で上り、山奥へ向かうと堰がある。その堰の手前には、緑に囲まれた廃材置き場があった。そこが僕のお気に入りの場所だった。

入り口の施錠は、左右の柱に鎖を絡ませているだけの造りで、いつでも簡単に外す事ができた。僕は外した施錠を草むらに放った後、車を廃材置き場の中に入れて停める。

車の窓を開けて、空気を何となく深く吸いこむ。

煙草に火をつけて、しばらく草木や空を眺めた。

緑が風で揺れる姿や、風が遊ぶ音を聞いてから、本を読んで過ごしたり、考え事をした。


その繰り返し。


草木の動きや空に目を留めて、時折、自分の考えや想いを反芻しては消していった。

その廃材置き場で、僕はよく家族について考えた。家族というものを想像してみたり、どうしたら叔母が納得する家族になるのかを考えていた。でも、どう考えても上手くいかなかった。家族というものが端的に説明できないから、僕はこの町へやってきたのだから。


僕にとっては、その町の誰よりも草木や、空の方が親しかったし、その町の人々よりも風で揺れる緑の音や僕の上から落ちる陽光の方が、ずっと優しい存在だった。

だから僕の家族についての考察は、青や緑に目を奪われる度に、何処かに流されてしまった。だから、叔母の心労が和らいだのかどうかって、また後の話。

 

あの町を訪れた時には、鍵がどうなったか見てみようと思った。僕のせいで廃材置き場の鍵は交換されてしまったかもしれないから。

僕はあの場所の緑や青を、時々思い浮かべる。

あの時の草木の揺れる姿や、通り風、手に付いた鎖の臭い、容赦のない陽射し、季節によって色を変える廃材置き場の振舞いを。

僕はずっと覚えている。

彼らにはお世話になった。

そろそろ挨拶をしなきゃいけない。

「君は何も知らない。孤独だ」と、あの頃の彼らは少しも隠さないで、僕に教えてくれた。

それは、とても優しい色の時間だった。

 

 

f:id:LobLoy:20191120002000j:image