Kの話

 

ふとKの事を思い出した。Kについて覚えている事は多くない。直ぐに思い出せたのも彼女の左胸と目くらい。この数日の間、彼女の名前が気になっている。

真昼間から大体はベッドの上に居た。「どうして左の胸が大きいの?」と聞くと、Kは「分からないけど、心臓があるからじゃないの」と言った。僕は「分からないけど、心臓があるから」という言葉を聞くのが好きだった。2人の身体が寄り添ってる時に、Kが眠りにつきかけるといつも同じ様に聞いた。僕が聞くたびにKは「分からないけど、心臓があるからじゃないの」と優しい声で答えた。

眠りから目を覚ますと、Kが僕を見つめていた。彼女の目付きは鋭くて、笑っていないと人間の冷たさが顔の表面に引っ付いているようだった。僕は寝ていないKを不思議に思って「寝ていないの?」と聞いた。彼女は「目を見ていたの。出来ないのは分かってるけど、貴方の目と私の目を取り替えたい」と言った。僕はその理由を聞かずに、彼女の左の胸に顔を寄せて、また眠りについた。そして、今でも彼女から聞いた言葉の理由は知らない。

僕がKについて覚えているのはそれくらい。彼女の名前も思い出せないし、軌跡を思い浮かべても、彼女の名前は分からない。

僕が住んでいた部屋のカーテンは青かった。真冬の夜には窓を開けっ放しにしながら、赤い電球を灯したまま眠りについた。親友のOが「冬になると星がずっと近くなる気がする」と言っていた。平日の昼下がりにKは僕を起こしに来ていた。Kはいつも来る時に良い匂いがした。ランコムのミラクだ。その匂いが好きだと伝えてから、Kはいつも持ち歩いていた。それは覚えている。

きっとKという名前だ。今、僕の頭でKについて色々な記憶を掘り起こしている。それは誰かに書き示す必要もない話なんだけれど。

また繰り返す。
昼下がりのドアが開く時から。

僕はKの目が好きだった。白い肌と、左右で大きさが違う胸と、彼女の匂いも。それは全部、Kに伝えた事だ。きっと僕はKの名を呼んだはずだ。「なぁ…」と呼ぶ手前までは分かるのに、部屋に入ったKは直ぐに鞄を置く。彼女はゆっくりと近づいてくる。目の前にいる彼女の顔、首元、鎖骨、顔の順番で見て、僕はKの首元に顔を近づける。直ぐに夜が来て、僕らは2人っきりになってしまう。そして「心臓があるから…」と彼女の声を聞く。ずっとその繰り返し。勘違いしたままの病気みたいに思う。僕が君を初めて知った時は、その左胸も目も知らなかった。君の名前だけだった。

 

 

 

 

 

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