恵の場合

 

『ねぇ、ロブさん』

恵が、静かに僕の名前を口から溢した。

その声音は疑問符を添えていた。

「どうしました?」

『どうして人間だけが言葉を使うと思いますか』

「え?」

予想した疑問符とは色合いの違う質問だった。

ワイングラスを掴む指先の力も途絶えた。

『私はいつもどうしてなんだろうと昔から考えていて、色々な人にこの質問をするんです。ロブさんはどう思いますか。人間だけが言葉を話しますよね』

僕らのことではなく、我々の話だった。

「臆病で、弱いからじゃないですか」

『弱い?人間が?』

「えぇ。人は生きることに理由を探します。多くの動物が人生について論理を持ち込んでいない。ただ生きていくだけの方法を遺伝子に備えている。小さなリスだって、冬支度をする。生きていく為にどうするかを心得ているから。人間は簡単なこともややこしくする。ただ生きることさえも。愛についても考えなくちゃいけない、経済についても考えなくてはならない。言葉を使っても、更にその中で使う言葉を選んだり考えなくてはいけない。ただ生きるだけでは不安だから、言葉という武器を持たなくてはいけない。生き物の中で最も臆病だから言葉がある、のかなと」

『ロブさんの答えは、今まで聞いたことなかったです。ふむふむ。なるほど』

「恵さんは、どうして人間だけが言葉を使うと思うのですか?」

『よくぞ、聞いてくれました。私の答えですが、人間は宇宙人だから!です』

「おっと……宇宙人?」

『はい。昔から謎なんです。人間は猿から進化したのでしょう。でも、動物園の猿は進化しません。山に棲む野生の猿も進化して言葉を喋ることもないし、人間に姿形が近付いてきたりしません。だから、元々、人間は猿なんかじゃないと思うんです!そうすると人間だけが地球で言葉を喋るってあまりにもおかしい。地球に元々居た存在なのかなと疑問が湧きました。だから、私の予想では人間は遠い宇宙から来た宇宙人だと思うわけです!』

僕はスタートレックの船内で哲学をしているチューバッカの気分だった。

「恵さん、ご出身はこの銀河ではありませんよね」

『はい。私は元々ものすごく遠い別の銀河にいる宇宙人だと思います!私はこの話をするといつも変な人扱いされるんですが、やっぱり変ですか?』

「同じ人間なんて居ません。みんなが変わってます。貴女は僕とも全く違うけれど、迷惑な変じゃないと思いますよ。考え方のタイプが違くて面白いです。見た目は同じ人間だから、僕たちは隣の銀河同士かもしれませんね」

『あははっ!そうですね。この脳みそを許容してくれる人は少ないです!』

「それは、また別の話です」

乾杯。別銀河の人達に。

 

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